建物趣味
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (2)
地方の小さな港町だが、最近、町おこしに成功してメインストリートには観光客があふれるようになった。ストリート沿いの店は繁盛しているが、1本道を外れると「閉店」の張り紙を見かけたりする。こんな規模の町中で<繁盛>と<閑散>が隣り合わせになっていれば、ご近所付き合いも疲れるだろう。
その閑散方面をずんずん歩いていたら、突然こんな光景が現れた。
子どものころ少年誌で、顔中におびただしいミツバチをとまらせて髭のように見せている外国人の写真を見たが、そんな感じ。
ツタは家の中まで浸食している。人が住まなくなってからどれくらい経つのだろう。ぶら下げられたハエ取りボックスの朽ち具合からみれば、3~4年というところだろうか。
この町には、理容店と美容店の外観採集に来たのだが、あまりいい物件に出会えず、ツタ屋敷撮ってビール飲みながら帰りました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
つづきはまた明日が、しあさってになってしまった。
アーケードを抜けると、官庁街のある大通りに出た。梅雨の中休み。水蒸気が立ち上ったような白っぽい景色が広がる。土曜日の午後、市の中心街なのに人影がほとんどない。
しばらく歩くと、大きな2階建ての長屋が2棟見えた。生い茂った緑に埋もれ、廃屋かと近づいてみれば、すべての部屋に人が住んでいる。どの家も玄関先で緑を育てて、路地の掃除も行き届いている。役所や銀行などのビルにとり囲まれて、そこだけが緑の島のように孤立して、生活感をむんむん漂わせている。近所付き合いのコミュニティも機能していそうだ。でも建物は相当古く、それがいつ崩れてしまうか分からない、ギリギリ感が漂う。高齢の住人が多いのかもしれない。
「限界集落」という言葉を思い出した。ここは、都会の中の限界集落なのか。ともかく、これから長く見られる光景ではないだろう。感動というか、感慨というか、ここに住む人の暮らしが、ぐっとくる。その思いが、1週間経った今、じわじわと胸の底に広がっている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
6月某日。山陰の某市で1泊2日のロケ&取材。撮影部隊と編集、代理店の皆様が帰ったあとで、ひとり某市Aに移動してもう1泊。目的は、某市Aを歩いてみたかったから。そしたら、その某市Aより、なんとなく途中下車した隣町の某市Bがすごくよかった(ややこしいです)。というか、胸に迫ってきた。人は町を歩くだけでも、よい映画を見たあとのような感慨にひたることもできるのである。
某市BのJR駅の地図を見れば、近くにアーケード商店街があるもよう。人口15万人程度の地方都市であれば、郊外型ショッピングセンターに客を奪われ、昔からある商店街は廃れているのがオキマリ。で、行って見ればこれが。
これが、シャッター通りを通り越して、ゴーストタウンのような静けさ。これは廃れたというより、まったく別の「屋根付き通り」になったのだと知る。しかし、ポツリポツリと、営業している店もある。店の奥に灯った蛍光灯はうっすらと青く、薄幸の女のようだ。そんなポツリのひとつ、やけに間口の広い古本屋に入れば、誰もいない。と思ったら、レジの囲いの向こうから人間の足が2本のぞいている。オバさんが昼寝していた。
アーケードの天井スピーカーから、聴いたことのない日本人の若者ソングが流れている。ざらざらかすけていていい感じだ(「かすけた」という言葉は、伊藤たかみの小説で憶えた)。L字型に折れたアーケードは500mほどはあっただろうか。昔は買い物を愉しむ家族連れで、さぞや賑わったことだろう。なんて、そんなセンチなことは考えない。書いてみただけ。
この商店街を抜けたあとで、ここきてよかった~ぁ 的な、胸を打つ光景に遭遇。つづきはまた明日。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
4年間酷使した取材用のメモ撮りカメラが壊れたので、買い換えた。あっというまに6月、6月といえば梅雨、梅雨といえばカエルだろうということで、緑色の一つ目カエルカメラである。ザーザー降りの雨の中でも使える、3m防水。
当方が望むメモ撮りカメラの条件は、小型・軽量、起動が速い、動画切り替えが簡単、書類の複写に使うのでマクロがキレイ、レンズが繰り出さない、外装がしっかり(ケースに入れなくても大丈夫)というもの。というもろもろを満たすカメラは、比較的安価な製品に多い。マニュアル機能や画質は問わないからだ。ということで、この機種に。壊れたカメラを3000円で下取りしてもらって、2GBのSDカード付きで17800円。カードはいらないので、その分安くしてほしかった気もする。3年くらいは壊れないでほしい。たのむぞ、カエル!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
←AMラジオを真空管アンプで聴いている。耳に優しい音がする。気がする。
連休の谷間、一応出勤して仕事のふりをするが、校正のゲラが送られてきたくらいで電話1本鳴らず。真空管アンプのセレクタースイッチがきかなくなったので、製作者のTさんに電話すると修理に来てくれた。Tさん、ハンダゴテなど修理道具一式持参で来訪。裏ブタを開ければ、セレクターの配線がブチ切れていた。スイッチのネジがゆるんでいるのに、当方が無理矢理回して中の配線に負担をかけたらしい。1時間ほどで修理完了。レコードを聴くときにハムノイズがするというと、電源のプラグを抜いて左右を入れ替えて、再び挿せばピタリと消えた。電源の極性変えは、アンプの音が劇的に変わることもあるのでやってみて、とも。やってみます。家庭用電源はそうとう汚れているらしい。Tさん自分で駐車料金を払って、クルマで帰っていった。ありがたいありがたい。
オーディオの専門家ではないので、何がいい音かよくわからないが、嫌な音は分かるようになった。高音も低音もバランスよく出ているのに、線の細い音というのがあって、そういうのが苦手。高級機でもそんな音がすることがある。言葉でいうのは難しいが、肌の表面をザラザラなでられているようでキモチが悪くなる。音響の悪いライブハウスや映画館にも多く、長い時間いると拷問だ。
加齢とともに、聴覚の可聴範囲は高域からぐっと落ちてくるという。青空の色も20歳のころとは違って見えているという。人間はちょっとずつ低下する能力に関しては無頓着だ。若いころに聴いた、トップシンバルの澄んだ高音はもう聞こえないのかと知れば、少し寂しくもある。まあ、そのへんは記憶で補完していこう。それが人生ってやつだ。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
そろそろ、某誌の特集原稿に取りかからねばならないのだが、仕事場で寝転んで石田千のゆるゆるエッセイを読んでいたら、1時間ばかりうとうとしてしまった。窓は全開、晴天の暑くも寒くもない、カーテンゆらして乾いた外気が入ってくる。
起きたら、パソコンにメールが何通か入っていて、そのうちのいくつかは、ここ数日やもやしていた懸案事項が晴れる内容だった。たいしたことではないが、ちいさなシアワセを感じる。アタシが怠けて寝ている間でも、世の中のちゃんとしたしたヒトは、ちゃんとシゴトをしているのである。
←スーパーにカツオが並び始めたので、ひとサク買ってきて、オリーブオイルで少し焼いてタタキ風に。3分でできます。
レモンをたっぷりかけて、ミョウガとシソを薬味に、ユズ胡椒でパクパク。うまいっす。ビールをグビグビ。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
最近のコメント